こんにちは。はいしーです。
プロフィール
はいしー。2000年生まれの24才。きょうだいが難病(発達障害・聴覚障害など)。
親との関係に悩み、アダルトチルドレンの面もあり。
大学生から実家を出て一人暮らし。
たくさん悩んできた自分を受け入れて、
人生を楽しむ方法を模索中!
今回は、きょうだい児・アダルトチルドレンとして育った私の、
保育園・小学校低学年頃までの記憶をご紹介します。
障害が当たり前という感覚
私のきょうだいはろう者(手話で話す人)で、
きょうだいの方が先に生まれているので、
私が物心つく前から家族は日本語+手話で話していました。
その影響で私も小さい頃から何も気にせず手話を話していました。
ろう者には「ろう文化」と呼ばれる独特な文化があり、
あいさつは必ず目を見てする、会話中は必ずアイコンタクトをとり続ける、といった特徴があります。
私もまたそのろう文化に触れて育ち、
きょうだいと話すときは表情豊かで感情表現もオーバーでしたが、
それ以外では普通の子で、むしろ恥ずかしがりで人見知りな子だったと思います。
聴覚障害については、「きこえないだけでしょ?」という感じで、
障害というか、当たり前すぎて何も感じていませんでした。
可哀そうという感覚もなかったと思います。
きょうだいの発達障害について知らされたのはずっと後でしたが、
この頃は私もきょうだいもまだ幼く、あまり発達の差を感じませんでした。
「手話を話す自分」への戸惑い
きょうだいの障害について当たり前に感じていた一方で、
「手話を話す自分」については戸惑っていました。
手話を話せることについてはむしろ自慢に思っていたのですが、
普段手話を話す場面もないのでどう表現したらいいか分からなかったのです。
よく覚えているのは、保育園で手話歌を歌ったとき。
「夢」という手話の表現が、私の知っているものと全然違ったのです。
ここに当事者がいるのになんで聞いてくれないんだろう
とずっと疑問に思い、もやもやしていました。
この時が初めて「手話を話す自分」をはっきり認識し、戸惑いを感じた瞬間でした。
いい子だった?
最近父からきいた話ですが、
私は小さいころから、きょうだいの介助(痰の吸引など)をしている間、一人で遊んでいたそうです。
「いい子」だったよ、と父は少し寂しそうな顔で話してくれました。
私の中には、1人で放っておかれた記憶や、
きょうだいが介助をされていた記憶はありません。
(きょうだいは今は日常生活の基本的なことは自立しており、ほとんど介助は必要ありません。)
なので、その話をきいてもぴんと来るものはなかったのですが、
ただなんとなく寂しく感じ、どこかで納得した自分もいました。
私は小さい頃から父や母の顔色を伺って、
きょうだいの世話をしているときは邪魔をしないようにしていました。
それが周りの大人や両親から見ると、「いい子」だったのかもしれません。
知らず知らずの諦めと我慢
「いい子」と呼ばれる一方で、
両親が忙しそうなときは、抱っこしてほしくても、遊んでほしくても、
自分の望みは諦めて我慢していたように思います。
自分でも気づかないうちに、諦めと我慢を重ねていました。
また、保育園・小学校低学年までは、きょうだいが入院する機会も多く、それに母が付き添いで行って いたので、父と家で留守番して待つことも多く、とても寂しかったです。
それを繰り返していたので、
甘えたいときにどうすればいいのかだんだん分からなくなっていたように思います。
ほめてほしいとき、話をきいてほしいとき、
両親の近くで歌を歌ったり、ピアノを弾いたり。
でも気づいてもらえることはほとんどありませんでした。
家ではきょうだいがよくかんしゃくを起こしており、
母ときょうだいのどなりあいをきくことも多かったです。
今から考えれば、きょうだいには発達障害があったので
感情のコントロールの難しさや、言葉で上手く伝えられないもどかしさがあったのだと思います。
でも当時はそんなことは全く知らず、どなりあいの声をきくのはとても怖かった。
私は寝ていただけなのに、イライラしたきょうだいに思いっきり蹴られたこともありました。
母が家を出ていくこともよくあり、
私も玄関まで追いかけましたが、母のとても辛そうな顔を見て、引き留めることもできませんでした。
もう母が戻ってこなかったらどうしよう、と思ってとても不安で、
布団をかぶって泣きながらずっと待っていたのを覚えています。
私の方も向いてほしい。
でも両親やきょうだいの方が大変だということはわかっているから我儘は言えない。
我慢するのが普通だから、諦めや我慢という感情はまったく感じていませんでした。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
きょうだい児・アダルトチルドレンとして育った私の、
保育園・小学校低学年頃までの記憶をご紹介しました。
この記録が少しでも参考になれば幸いです。
この記事を読んでくださった方のことを応援しています。
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